大手不動産会社で産業保健活動を行う一方、都内で親子や夫婦の関係改善のためのプライベートカウンセリングを実践している。また、最近は、Webカウンセリングも行い、関東甲信越や東北地方の人たちとのセッションにも力を入れている。
知らぬ間に書き換えられた不動産の名義
北の大地に霧が立ちこめ、短い夏が終わると、雪の少ない厳しい冬を向かえるために、人々は冬の身支度を始めます。
新型コロナによってWebカウンセリングが広まったことで、これまでほとんどお会いすることがなかった方のカウンセリングを行うようになり、そんな中で極北の街に暮らす初老の男性Aさんとの出逢いがありました。
Aさんの父親は、満州から引き揚げ者で、日本に戻ってからは妻と二人、小さな工場を始めた方で、Aさんはその父親の工作機械工場を引き継いだ二代目経営者です。
しかし、Aさんの父親の親族関係は、複雑でトラブルを抱えていました。
Aさんの父には異母兄弟の兄、つまりAさんからみると伯父がいて、戦後しばらくは、銀行に勤めていました。
その伯父の口添えもあって、Aさんの父親は銀行から融資を受け、自宅兼工場を建てるまでになります。
折しもいざなぎ景気の時代、工場の経営は瞬く間に軌道にのり、200坪の工場とそこで働く工員のための寮を建てるまでに成長を遂げます。
ところがある日、Aさんの父親は、融資を受けている銀行から驚くことを聞かされます。
Aさんの父親が購入したはずの自宅兼工場の土地と建物がAさんの父親名義ではなく、一緒に暮らしているわけでもない伯父の名義になっていると聞かされたのです。その伯父は銀行を辞め、一時、父の工場で経理を手伝っていたことがあり、そのときにAさん一家が住む自宅兼工場の名義を自分名義に書き換えていたのでした。
それを知ったときは、すでに時遅し。名義を戻そうにも戻せない状態になっていました。
その後、工場だけはなんとか守ったものの、Aさんの父親は重いうつ病になってしまいます。時代も高度経済成長から低成長になり工場の事業規模を縮小。そして、Aさんは、大学を出るとすぐに父親の工場を引き継ぎました。