1953年、神奈川県生まれ。筑波大学大学院博士課程修了。専門は宗教学(日本・チベット密教)。特に修行における心身変容や図像表現を研究。主著に『お坊さんのための「仏教入門」』『あなたの知らない「仏教」入門』『現代日本語訳 法華経』『現代日本語訳 日蓮の立正安国論』『再興! 日本仏教』『カラーリング・マンダラ』『現代日本語訳空海の秘蔵宝鑰』『[現代日本語訳]浄土三部経』『[現代日本語訳]日蓮の観心本尊抄』(いずれも春秋社)、『密教』『詳説 日本仏教13宗派がわかる本』(いずれも講談社)、『マンダラとは何か』(NHK出版)など多数。
近代登山(アルピニズム)がはじまったのは大正時代
現時点で登山の主流は、宗教(信仰)と関係なく、純粋に登山そのものを目的とする近代登山(アルピニズム)である。
このタイプの登山はヨーロッパでは、14世紀のイタリアで活動した大詩人にして偉大な思想家でもあったペトラルカ(1304-1374)とされる。日本では江戸時代後期の寛政年間期(1789-1800)に寺社詣でが解禁されたことをきっかけに、物見遊山のための登山が全国的にブームになっているが、宗教と完全に縁が切れたとまでは言えなかった。
宗教と全く関係のない登山は、幕末期に外国人によって始まった。万延元年(1860)年7月、イギリスの初代駐日総領事となったサー・ラザフォード・オールコック(1809-1897)が、富士山に登頂したのが最初だ。
その後、測量や学校教育の一環として、日本人による登山が盛んにおこなわれたが、全国民的な近代登山として定着したのは大正時代を待たなければならなかった。逆に言えば、近代登山が始まる前は、登山と言えば宗教が深く関係していたのである。
山岳信仰の対象とされる「霊山」
日本列島には、各地に霊山(聖山)と呼ばれる山々がある。霊山と呼ばれるゆえんは、その山に登ることに宗教的な意味があるとみなされてきたからだ。いわゆる「山岳信仰」の対象とされる山々である。
代表的な例としては、まず「三大霊山」の富士山(3776m静岡県/山梨県)と白山(2702m石川県/岐阜県)と立山(3015m富山県)の名があがる。この三山の場合、立山は701年に佐伯有頼によって開山され、白山は717年に泰澄和尚によって開山されたと伝わる。富士山は平安前期に活動した文人の都良香(834-879)が残した『富士山記』に詳しい記述があるので、都良香自身が登頂した可能性がある。
ついで、「七大霊山」として、三大霊山にくわえ、大峰山(1719m奈良県)・釈迦ヶ岳(1799m奈良県)・大山(1729m鳥取県)・石鎚山(1982m愛媛県)がある。そのほかにも、月山(1984m山形県)・御嶽山(3067m 岐阜県/長野県)・剣山(1955m徳島県)なども霊山の名にふさわしい歴史をもつ。
以上は標高が最低でも2000mに近く、高山と呼んでさしつかえない。
これに対し、標高はさして高くないながらも、宗教的な重要性ゆえに、霊山と呼ばれるのが高野山(800-1000m和歌山県)・比叡山(848m滋賀県/京都府)・恐山(878m青森県)である。
さらに、別格の存在としてあげられるのが剱岳(2999m富山県)だ。
この霊山は、現在も日本国内で「一般登山者が登る山の中では最も危険度の高い山」とされ、明治40年(1907)に陸地測量手の柴崎芳太郎たちが、現地の案内人の宇治長次郎などとともに、初登攀に成功するまで、未踏峰と信じられていた。ところが、このとき、山頂で奈良~平安時代に制作された錫杖と鉄剣が発見されたことから、1200年ほども前から、宗教的な目的ゆえに登られていた事実が明らかになっている。