物静かで麗筆な男性
その男性は予約の30分前に来室して、待合室で静かに文庫本を読んでいました。
その人は20代の男性とは思えないほど繊細で美しい字を書く人で、来院の際に記入してもらう申込書には、麗筆でこれまでの経緯が端的に書かれていました。
カウンセリングサロンでは、早く到着したクライアントに、紅茶を出すことにしています。
街のクリニックとの差別化ということもありますが、待ち時間を居心地よく、ゆったりと過ごしてもらうことは、カウンセリングの効果を高めると思っています。
以前、読んだ研究論文には、「メンタル系の病院を日当たりが良く、開放的な内装に建て替えるだけで、病気が快方に向かう患者が増えた」と記されています。それだけ人のこころは住居や建物に影響されやすいということなのでしょう。
その男性の申込書の職業欄だけ空白でしたが、それを見ただけでてっきり几帳面で礼儀正しいことを要求される仕事をしている人なのだと、私は勝手に思っていました。
不安だからこそ、社交的に振る舞える
カウンセリングで話す男性は「物心ついたころから、社会(対人)不安がある」といいます。そして、「自分が人からどう思われているか、相手に嫌われていないか、そのことばかりが気になって仕方がない」のだと。
特定の場面や人前にでる状況に対して恐怖やを抱く状況のこと。仕事や遊び、付き合いや人間関係など、ある程度不安を抱くのは正常なことですが、社交不安の人は極めて強い不安を感じるといいます。それが現実の脅威とは不釣り合いな場面でもです。
どのような不安を抱くかというと、自分が不安であることが周囲に分かってしまうんじゃないか、という不安や、自分をうまく表現する言葉がみつけられなくなるんじゃなかという不安です。俗にいう内気な人というのとは違い、会ってみるとコミュニケーション力はむしろ高い人も少なくありません。
確かに、男性の振る舞いから想像する真面目さは、そんなところからきているのかもしれないと、思わされます。
そこで職業欄が空白だったことから、「社会(対人)不安が、仕事に何か影響しているのですか」とかと尋ねると、思わず椅子から転げ落ちそうな答えが返ってきました。