1978年生まれ。埼玉大学経済学部卒業後、国内大手金融機関、外資系金融機関勤務を経て独立し、株式会社ライフサポートを設立。25年以上の株式投資経験を活かし、徹底的に企業の決算短信を読み込み、チャート分析からはわからない経済分析、個別企業分析をYouTube「カブアカちゃんねる」で展開。全決算を最速分析しているnote『カブアカマガジン』を日々更新中。
海外のカジノを渡り歩いて預貯金が3億円
就職した私は保険の営業マンとしてバリバリ働き、営業成績も常にトップでした。しかし、会社からの評価は、営業成績に関係なく上司に対するゴマスリが上手な人間のほうが高い評価を得てました。古い金融機関には未だにこういった古い慣習が残っていると思いますが、営業成績でトップを取っている私としては不満やストレスが溜まっていく環境でした。
また、やっかみもあったのか若くして左遷で飛ばされたこともあり、会社を辞めてしまいました。
後先を考えずに辞めたため、何をしようか思いあぐねているときに思い出したのがカジノ・プロです。これなら自分にできる!と――。そこで海外のカジノを渡り歩くことになります。海外に行く際も株の相場の本なども持って行き、カジノを転々としながら、時間のあるときには株の相場についての研究も続けていました。

カジノ・プロとはいっても、当然、ギャンブルですから、勝つこともあれば負けることもあります。しかも、カジノは大きく勝つと、出入禁止になり稼げなくなります。カジノは勝っても地獄、負けても地獄なのです。いつしか私は海外の主だったカジノから軒並み出入禁止になってしまい、仕事場を失うことになりました。それでもカジノ巡りによって20代で3億円ほどの預貯金ができていました
日本にもどった私は、フルコミッションの営業マンとして外資系保険会社に入りトップセールスマンになります。営業は得意ということもある一方で、目先の契約を取るために顧客が勤める、あるいは経営する会社の商材で時計や宝石、車や家といった高額商品を買う、いわゆるバーター契約をしまくっていました。そのため稼いではいたものの、貯金は増えることなく、毎夜毎夜の接待営業などで高額のお金を毎日使っており、割に合わない状況であったといえます。
また、会社からは「3W」といって週に3契約の保険を取ることを一つの行動指針として掲げられており、まったく心休まることもなく動き続ける環境に縛られていました。
「こんなことをいつまで続ければいいのだろう」
という疑問が湧きはじめ、雇われという身分を脱し、自分で法人を作るほうがよいと考え保険代理店として起業しました。