1948年広島県生まれ。住宅をめぐるトラブル解決を図るNPO法人日本住宅性能検査協会を2004年に設立。サブリース契約、敷金・保証金など契約問題や被害者団体からの相談を受け、関係官庁や関連企業との交渉、話し合いなどを行っている。
電気容量増設がトラブルに
物価高騰の中で、賃貸住宅の家賃の値上げも増えている。しかし、いざ引っ越しとなった際に意外なところでのトラブルが増えているのだ。それは電気容量の増設だ。
最近の異常気象により、エアコンを入れ替えたり、これまでエアコンを設置していなかった部屋に入れたり、電気の消費量が増えれば、電気容量も電気容量を増や必要も出てくる。
しかし、賃貸住宅における電気容量の増設をめぐり、退去時の対応をめぐってトラブルとなるケースがある。
たとえば入居時、エアコン取り付けに伴い100ワットから200ワットへと電気容量を増設した際、貸主の同意はあったものの、退去時になって「元に戻してほしい」と求められる――そんな事例は珍しくない。
とはいえ、入居時には特段の説明もなく承諾しておきながら、退去時に原状回復を求めるのは「消費者の義務を一方的に加重する行為ではないか」との疑問が生じるのも当然のこと。こうした場合、法的にはどのように整理されるのだろうか。
「造作買取請求権」とは何か?
問題の本質は「造作買取請求権」にある。
借地借家法第33条では、賃借人が貸主の同意を得て建物に造作を施した場合、契約終了時にその造作を貸主に買い取らせることができると定めている。ただし、契約書に「造作買取請求権を行使しない」旨の特約があれば、行使はできない。多くの市販契約書にはこの排除特約が記載されているのが一般的だ。
今回のように電気容量を増設する行為は、一般的には「有益費」ではなく「造作」に該当する。造作とは、貸主の同意を得て建物に付加された畳や建具、エアコン、水道・ガス設備など、建物の使用に客観的便益を与えるものを指す。
これに対し、有益費とは、建物そのものの価値を高めるような改良を行った場合に支出した費用を意味する。

一方で、改良が建物の一部と一体化してしまった場合には、もはや「造作」とは言えず、有益費としての問題に移行する。具体的には和式トイレを水洗式に改修した場合などがそれにあたる。
そうした中で電気容量の増設はというと、建物の利便性を高める行為であり、通常は取り外しや撤去を伴わず、貸主にも利益をもたらす。こうした点から、都市再生機構(UR都市機構)では、入居者が電気容量を増設した場合、退去時の原状回復義務を免除している。これなどは合理的な対応の一例といえるだろう。
トラブルを回避するために必要なこと
もっとも、造作買取請求権が認められるためには、いくつかの要件がある。
第一に、家主の同意を得て造作を取り付けたこと。第二に、賃貸借契約が正常に終了したこと。つまり、家賃不払いなど借主側の契約違反によって解除された場合には、この請求権は認められない。造作買取請求権はあくまで「善良な借家人の保護」を目的としており、違反者には及ばない。
以上を踏まえると、電気容量を増設した賃借人が退去時に原状回復を求められた場合、まず契約書に造作買取請求権排除の特約があるかを確認する必要がある。特約がなければ、借主には一定の保護が及ぶ可能性がある。反対に、特約があれば原状回復義務を免れるのは難しい。
賃貸住宅では、入居時の設備変更が後の紛争につながることが少なくない。
それを防ぐには、貸主・借主双方が合意内容を明確に書面で残すことが重要だ。そして、契約条項の意味を理解しておくことが、トラブル防止の第一歩である。
便利さを求めた小さな変更が、退去時に大きな負担へと変わる――そうした不幸な事態を避けるためにも、契約時の確認と説明責任が重要である。